ブログ「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。気になるニュースや雑感・着想のメモ等(エントリーへのリンク付きTBかエキサイトブログのみTB可です。)
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依存的な世論?

麻生内閣 支持11%…政権運営さらに窮地 本社世論調査

2月22日22時55分配信 毎日新聞

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麻生内閣の支持率の推移


 毎日新聞は21、22両日、電話による全国世論調査を実施した。麻生内閣の支持率は1月の前回調査比8ポイント下落の11%で、現在と同じ質問形式にした1949年以降、89年3月の竹下登内閣、01年2月の森喜朗内閣の各9%に次ぐワースト3位の低水準となった。麻生太郎首相がいつまで政権を担当すべきかを尋ねた質問でも「今すぐ辞めるべきだ」との回答が39%に達し、首相の政権運営は一層窮地に陥った。

 不支持率は前回比8ポイント増の73%で、前回記録した01年2月の森内閣の75%に次ぐワースト2位を更新した。支持率は昨年9月の内閣発足直後には45%。その後は同10月に不支持率に逆転を許すなど調査のたびに下落し、当初の4分の1にまで落ち込んだ。

 不支持理由は「首相の指導力に期待できないから」が最多で前回比11ポイント増の44%。支持理由の「首相の指導力に期待できるから」も3ポイント減の9%で、首相の指導力を疑問視する世論がうかがえた。

 支持率下落に歯止めがかからないのは、中川昭一前財務・金融担当相の「もうろう会見」による引責辞任も要因とみられ、中川氏を閣僚に任命した首相の責任については「責任がある」が58%で、「責任はない」の37%を大きく上回った。

 「麻生首相と民主党の小沢一郎代表のどちらが首相にふさわしいか」との質問への回答は、麻生首相が前回比8ポイント減の8%。小沢代表は横ばいの25%で、差は17ポイントに広がった。

 政党支持率は自民党が前回と同じ20%、民主党が3ポイント増の29%。4回連続で民主党が自民党を上回った。「次の衆院選で自民党と民主党のどちらに勝ってほしいか」という質問への回答も自民党が5ポイント減の22%、民主党は1ポイント増の51%だった。

 政府・与党が政権浮揚の材料として期待する定額給付金に対しては、「評価する」が2ポイント減の20%、「評価しない」が1ポイント減の73%で、理解は広がっていないことを示した。

 首相の政権担当時期に関する回答は、「今すぐ辞めるべきだ」のほか、「来年度予算の成立まで続けるべきだ」39%、「夏ごろまで続けるべきだ」7%、「できるだけ長く続けるべきだ」8%だった。【坂口裕彦】

最終更新:2月23日10時8分
毎日新聞


世論調査から読み取れる点で重要なのは、民主党が積極的な支持を取り付けていないということである。

昨今の支持率の低迷も、ひたすらに政府と自民党が失点を重ねているだけであり、民主党や他の野党は支持を広げているとは言えない。もちろん、政府と自民党の動きを民主党をはじめとする野党が止めていることが、政府や自民党への支持率の低下の重要な要因となっているのだが。政府と自民党の支持率が下がることは初めからわかっていた。私が少し恐れたのは、首相が変わった直後の、瞬間的に支持率が高まっているときに解散総選挙を行われることだったが、それが先送りされたことで支持率の低迷はわかりきったことだった。それについては麻生内閣の支持率が高かったときに書いている

ただ、問題は、野党も支持を受けていないということである。そもそも民主党がどのような方向に進もうとしているのかが以前にも増して見えにくくなっていると感じる。「生活が第一」というなら、それに見合ったことをして欲しいものだ。党利党略を超えて自民党を巻き込んだ動きもありうるはずなのに、それがない。それが自民党を利することがあるとしても、「生活が第一」ならそうすべきなのだが、それはしない。

積極的な支持がない野党が政権交代をなしとげても、恐らく昨今の自民党と大差ない支持しかえられないのではないだろうか。

問題として大きいのは、有権者達がどのような政策がとられるべきなのか、明確にイメージできていないということであり、ビジョンを与える理論・言説が流布していないことであろう。何をすべきかがわからないから、政策の内容ではなく「リーダーシップ」だけが期待されるのであろう。有権者自身が望ましい政策を明確化できていないこととリーダーシップを求めることは、表裏をなす現象であるように思われる。つまり、他者に依存しようとする傾向が非常に強いことが、世論の傾向である。
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by zarathustra1883 | 2009-02-23 22:54 | 政治ニュース

政治的成熟について

先ほどメインブログで「麻生内閣への批判や不満が蔓延する中で、新自由主義的な方向からの批判の声が大きくなっている」ことへの懸念を表明した。

日本の有権者の大部分は、ある政策を提示された場合に、その効果を読み取れるほど政治的に成熟していないということがこうした懸念の背景の一つとしてある。

あえて「政治的に成熟していない」と書いたが、要するに有権者の大部分は「政治的幼児」に等しいということである。

しかし、私はその事実を以って有権者を非難しようというわけではない。なぜならば、デモクラシーとはそもそもそのレベルの人々で何とか回していく体制だからである。(だからこそ、近代以前のデモクラシーに対する議論は批判的に扱われることも多かったのであり、それを多少ともまともにするために、18~19世紀以降、ナショナル・デモクラシーを普及させていく過程で、政府による公的な普通教育が実施されるようになってきたのが歴史的経緯だからである。)

実際、政治的に成熟した見解を保持できるようになるためには、相応の社会科学的な素養が必要になってくるのである。例えば、情報を収集し分析する能力や過去の広範な歴史的事態との思考実験を伴う比較をする訓練がなされていなければならないし、また、複数の人間観を適用しながら同時に環境条件を思考により操作して先を見通す訓練も必要である。しかし、こうしたことを教育されて叩き込まれて(マスターして)いる人間は恐らく全有権者の数パーセントにすぎないだろう。下手をすると1%未満であり、どう高く見積もっても10%には届きようがない。

ここにデモクラシーの除去できない危うさが存在する。
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by zarathustra1883 | 2009-02-15 23:55 | 今日のひとこと

政治家の器量

オバマ大統領「私も間違えます」 市民の追及にたじたじ

2009年2月10日12時47分

 【エルクハート(米インディアナ州)=勝田敏彦】オバマ大統領は9日昼、就任後初めてとなる市民との直接対話集会(タウンミーティング)に臨んだ。会場の中西部インディアナ州エルクハートは、失業率が15%を超える全米最悪の街。聴衆から厳しい追及が飛び出し、オバマ氏がたじろぐ場面もあった。

 ホワイトハウスは景気対策の緊急性を演出するため、集会で、最近レイオフされた7人の子持ちの男性(62)を登壇させた。だが質疑応答は筋書きなしで進められ、厳しい質問も出た。

 「あなたが閣僚に指名した人たちはお金や税金の管理もできない。信用できないじゃありませんか」

 納税漏れから厚生長官指名を辞退したダシュル元上院院内総務らを指したもの。約2500人の聴衆は「そんな質問までするの?」とブーイングしたが、オバマ氏はそれをさえぎり、「疑問はもっともで、批判も当たっています。私は間違いを犯しました」と堂々と謝った。

 その上で「私たちはホワイトハウスにかつてないほど厳しい倫理基準を作った。でも私たちも完璧(かんぺき)ではないんです」と話した。

 入場するために2時間半も並んだという小学校教師ケリー・ウェルディーさん(31)は、オバマ氏について「誰にも間違いはある。でも幸運なことに誰よりも間違った理由をよく吟味している」と好意的だった。

オバマ大統領の器量を感じさせる記事である。

もちろん、人格的および道徳的に器量が優れていたとしても、それと政治手腕(政策立案の能力や政治闘争に勝利しながらそこに引きずられすぎないこと、政策を適切に実行するための管理の手腕等)は一致するものではないが。
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by zarathustra1883 | 2009-02-10 23:52 | 世界情勢・外交

ヤバい――評価の転換

やばいとは、あぶない。不都合な状況が予想されるさま。1980年代頃から若者言葉で「格好悪い」の意味で用いられるようになり、90年代から「凄い」の意味が派生し、肯定・否定問わず用いられるようになった。


以上は、ウェブ上の「語源由来辞典」からの抜書きである。

近年「ヤバい」という言葉の意味の肯定的な用法が比較的若い年齢層(壮年未満?)を中心に広がっている。

いずれの意味も、ある想定された常識的な状態からの乖離を示している点では共通しているが、評価という点では最近10年程度について、肯定的な評価を伴う用法が急速に広がったことは注目に値する。

80年代にポストモダニズムが言論界の一部で流行したが、そこで見られた相対主義と通じるものが感じられる。また、90年代以降の政治の日本の政治では「リーダーシップ」が熱望される傾向があることとも通じているように感じられる。

事柄自体の「常識的に流布している」価値は不問に付し、事柄への評価は回避したまま、「常識的に流布している」見解を疑うこと、その「常識」を特権的な地位から引き摺り下ろすこと自体に価値を見いだし「相対化」しようとするポストモダニズム的言説と、政策の内容自体ではなく、政策の内容への評価は行わないまま、「通常のリーダー」ではできないことを強力に推し進めること自体を価値ありと見做す政治的意識。

いずれも内容(事柄、政策)についての評価は行わず、むしろ、その内容はどのようなものであれ、内容の価値は平等であると要請ないし想定している。それに対して形式的な面で、発話者が想定した「常識」ないし「通常」からの乖離(の程度)だけが肯定的評価の対象となっている。

「ヤバい」という言葉の肯定的な用法にはこれと同じ構造があるように思われる。かつては「通常」からネガティブな方向に乖離していることについて指示する用語であったが、乖離の方向がどのようなものであってもネガティブだと評価されなくなり、価値の平板化(内容の如何にかかわらず平等な価値があるという評価)が進み、「通常」からの乖離のみが肯定的な評価の対象として捉えられているからである。

私がこの言葉について書いてみたのは、中国語の「厉害」lihaiという語にも「ヤバい」と同じような用法が最近出てきているのかもしれないという仮説を立ててみたからである。これも英語に訳せばterribleであり、日本語では「ひどい」というような意味が辞書には出てくるが、実際の会話では「すごい」の意味で使われていたからである。(もっとも、英語のterribleには「とても」のような意味もあるが、どちらかというとネガティブなニュアンスが強いのではないかと私は思っている。)

まぁ、あとはニーチェの著書を久しぶりに読んでいることもあるかもしれない。彼は彼が嫌っているものについての価値を転倒させようとすることに腐心した思想家であり、ポストモダニズムにも甚大な影響を与えたと思われるが、いずれにせよ、彼の哲学のかなりの部分は価値評価のあり方について語っていることは間違いなく、そうしたことについての思考が触発されるものがある。ニーチェの考えが正しいとは思わないとしても。
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by zarathustra1883 | 2009-02-05 03:12 | 思想

日本に春節がない(?)理由

先日、台湾の友人からメールで「日本のような伝統文化を重んじる国で、しかも、その文化の一部は中国から来たものなのに、どうして春節をお祝いしないのか?」という主旨の疑問が述べられていた。

これは日本の側からは思いつかない疑問だと思われたので、面白かった。一応、これに自分なりに答えてみようと思うのだが、その際の資料をここに記録しておくことにする。(一気に中国語に変換するのは大変だから、日本語である程度内容を整理してから訳してみようという目算である。)

ウィキペディアの「旧暦」の項目がまず参考になる。

日本の旧暦は天保暦である。ただし後述するとおり、現在旧暦として使われている暦は改暦前の天保暦とわずかに異なる。

天保暦は明治5年12月2日(1872年12月31日)まで使われていた。その翌日の12月3日をもって明治6年(1873年)1月1日に改められ、グレゴリオ暦(太陽暦)に改暦された。改暦は明治5年11月9日(1872年12月9日)に布告し、翌月に実施された。この年の急な実施は明治維新後、明治政府が月給制度にした官吏の給与を(旧暦のままでは明治6年は閏6月があるので)年13回支払うのを防ぐためだったといわれる[1]。今なお占いや伝統行事などでは需要があり、旧暦もしくは陰暦の俗称で用いられている。


基本的にはこの時点で暦が変更され、「正月」は旧暦の正月(春節)から新暦の正月に変わったものと思われる。「正月」の休暇やお祝い(?)自体はなくなったわけではないから、新正月だけ祝えば十分だし、逆に、1月程度の間に2回も大型連休を作るのもあまり合理的とはいえないように思う。

中国との比較でこのように早期に暦を「西洋式」に切り替えることができたのは、「日本の支配層に先見の明があったから」ではなく中国を中心とする文化圏の中では日本は半周辺的ないし周辺的な位置におかれていたからであろう。

アメリカの「黒船」に象徴されるように、欧米の強力な軍事力を目の当たりにしていたことも当然、要因の一つだが(ペリーの来航は1853年(嘉永6)である)、それは他の東アジア諸国も似たような条件だったと言えるとすれば、日本政府が西洋化への道をとりやすくなった独自の条件としては、上記のような地政学的な位置づけがあったと見ることができよう。

なお、これと効果は逆方向だが類似の現象が冷戦後の経済の停滞についても言える。つまり、日本はブレトン・ウッズ体制と冷戦構造から恩恵を受けられる位置にあったがために、その時代のモードから脱け出しにくい状況が続いている、という側面があることである。

ついでに調べてみたのだが、クリスマスの普及はグレゴリオ暦を採用してからやや遅れているようだ。以下、またウィキペディアの「クリスマス」の項より引用。


日本で初めてのクリスマスは、1552年(天文21年)に周防国山口(現在の山口県山口市)において宣教師コメス・デ・トルレスたちが日本人信徒を招いてのミサであった。しかし、その後江戸時代に幕府がキリスト教を徹底的に弾圧したことから、明治のはじめまでまったく受け入れられることはなかった。

日本でクリスマスが受け入れられたのは、1900年(明治33年)に明治屋が銀座に進出し、そのころからクリスマス商戦が始まったことが大きな契機であった。大正時代になると、児童向け雑誌や少女雑誌の十二月号には、表紙をはじめとしてクリスマスにまつわる話や挿絵がたくさん導入された。1925年(大正14年)に日本で初めてクリスマスシール(結核撲滅の寄付切手)が発行される。

大正天皇が崩御した12月25日が、1926年(昭和元年)~1947年(昭和22年)までの期間に新たな祝日「大正天皇祭」とされ、この新たな状況もクリスマス普及に大きな役割を果たしたとされる。

1928年(昭和3年)の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるまでに普及していた[8]。

昭和初期の頃、銀座、渋谷道玄坂から浅草にいたるまでの多くのカフェや喫茶店においてはクリスマス料理の献立を用意し、その店員はクリスマスの仮装をして客を迎えた。この様子を1931年(昭和6年)12月12日の都新聞は、「七千四百余のカフェと二千五百余の喫茶店に華やかにクリスマスが訪れサンタ爺さん大多忙を来たす」と報じた。


これを見る限り、日本におけるクリスマスはバレンタインデーなどと同じように商業的な目的によって(商業用のイベントとして)普及し、現代に至るまでそれは変わっていないようである。

そして、この路線は、多少なりとも「欧米への憧れ」が日本の人々の間に広まっていたことと相乗効果があったのではないかと推測される。「憧れ→憧れを利用した商品→さらなる憧れ」といったマタイ効果が僅かではあれ蓄積されていったのではないだろうか。

いずれにせよ、欧米のようにクリスマスが祝日でないことが、商業的な目的によって盛り上げられたイベントであることを端的に物語っているように思われる。
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by zarathustra1883 | 2009-02-01 00:31 | 日記