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小室哲哉の詐欺容疑と新自由主義的マネーゲーム小室哲哉容疑者:世界進出で挫折…借金も15億円超 この記事を読む前から感じていたことだが、小室の失敗は、マネーゲームの実態を示しているように思われる。 海外進出時に「株価」が下がったことで損失を出したという部分もそうだろうし、そもそも楽曲の著作権を売買・譲渡するということもまた、「マネーゲーム的な世界」――そこではすべてが流動性に変換される――が音楽業界にも深く浸透していたことを示しているように思われる。 さて、70年代以前はよくわからないが、少なくとも80年代以降、音楽はどんどん商品化が進んでいったと私は見ている。ロック系のバンドやシンガーなどが「自分たちのやりたい音楽」と「売れる音楽」とのハザマで悩むということが80年代後半から90年代前半にはよく見られたと記憶する。(例えば、BOφWYなどが初期の路線からメンバーを減らしながら、よりポップで毒のない歌詞の曲になっていったことなどにもそれは現れていると思う。) そんな中で、そうした悩みを感じさせない音楽が小室の音楽だった。当時の私には違和感があった。何もかもが「軽い」と感じられた。もっと的確に言えば、軽薄という感じである。実力も大してないような歌手が、深みのない歌詞の歌を、チャカチャカと軽いリズムの(少しワンパターンな)曲に乗せるという音楽を大量生産していた。 完全に「商品」として割り切って大量生産されていた音楽が小室の音楽だったと思う。だから、私はそれらを自分で買ったことはないし、積極的に聞くこともなかったのだと思う。
by zarathustra1883
| 2008-11-05 00:36
| 社会
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